レッツ算数教室

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「伸びしろ」の意味・由来・伸ばし方

1,意味

 

能力を伸ばす余地。将来の可能性。

 

2,由来

 

2002年3月、レッツ算数教室で使い始めたのがきっかけとなり、全国に広まりました。

 

くわしくは、以下の通りです。

 

その日、レッツ算数教室・室長である私は、ある難関女子中を目指す女の子に、植木算の問題を教えていました。

 

「長さ10cmの紙テープ2本を、のりしろ1cmでつなぎ合わせると、合計何cmになりますか?」

 

という問題です。

 

応用問題がたくさんあり、授業中、

 

「のりしろ、のりしろ」

 

と連発していました。

 

さて、授業が終わり、お母様とお会いしているときのこと、お母様がその難関女子中の学校説明会でお聞きになったことに、話が及びました。

 

何でも、その学校の先生が、

 

「本校は”伸びきったゴム”みたいな子は欲しくありません。」

 

と、おっしゃったとのこと。

 

「うちの子は大丈夫でしょうか?」

 

と、心配しておられました。

 

授業中、「のりしろ、のりしろ」と繰り返していた私は、

 

「ええ、まだ十分”伸びしろ”がありますよ」

 

と、得意の「寒いダジャレ」を交えて、励ましました。

 

これが、「伸びしろ」という言葉が生まれた瞬間です。

 

それから2~3年後、私は中学受験情報誌の中に、「伸びしろ」と書かれているのを見つけ、大変驚いたのを覚えています。

 

goo辞書等では、「伸びしろ」について、「2005年前後からスポーツ界で使われ……」とされていますが、正確には、中学受験界が発祥の地です。

 

中学入学後は、皆さん部活にも打ち込んでいらっしゃるので、スポーツ界にも広まったのかもしれません。

 

3,「伸びしろ」の伸ばし方

 

それにしても、レッツ算数教室で「ひっそりと」使われていたに過ぎないダジャレが、何の宣伝もしていないのに、日本語として定着してしまうとは、一体どういうことでしょうか?

 

やはり、それだけ多くの人が、「伸びきったゴム」になってしまうことを恐れていて、高い関心事となっているのです。

 

それはそうですよね。

 

せっかく頑張って勉強して、第1志望校に合格、入学したのに、

 

「本校では、あなたのような、伸びきったゴムみたいな子は、歓迎しません」

 

などと言われたら、大ショックです。

 

では、頑張って勉強して、何とか合格できた難関校には、行ってはいけないのでしょうか?

 

逆に、ろくに努力もしないで、全身伸びしろだらけ、

 

「伸びしろしかないッ!」

 

という状態でも合格できる程度の、「すべり止め以下の学校」に行くべきなのでしょうか?

 

もちろん、そんなことはありません。

 

頑張ることは良いことです。

 

頑張って頑張って、成績を目いっぱい伸ばして、第1志望校に合格することは、素晴らしいことです。

 

……ここに、重大な矛盾があるように見えます。

 

何か妙案はないものでしょうか?

 

成績をどんどん伸ばしても、伸びしろを食いつぶさないような勉強方法って、ないものでしょうか?

 

 

実は、それが、あるのです。

 

それを、これからお話します。

 

確かに、世の中には、勉強して勉強して、ほうほうの体(てい)で合格して、その後伸び悩む子がいます。

 

でも、その一方で、勉強すればするほど頭が冴(さ)えて、どんどん優秀になっていく子もいます。

 

ですから、

 

たくさん勉強する=成績が伸びる=その分、伸びしろがなくなる

 

というのは、錯覚です。

 

安心して、たくさん勉強しましょう。

 

では、伸びる子と、伸び悩む子、どこが違うのでしょうか?

 

カギは、

(1)意味を理解すること
(2)多面的に理解すること
(3)ワンタッチ化・全自動化

にあります。

  

 

(1)意味を理解すること

 

たとえば、次の問題。

 

「10kmのマラソンをしています。今、4km走りました。残りは何kmですか?」

 

もちろん、10ー4=6km

 

では、もう1問。

 

「6月4日から、6月10日まで、何日間ですか?」

 

もちろん、10ー4=6日……あれっ

 

何かおかしくないですか?

 

書き出してみましょう。

 

4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日。

 

7日間あります。正解は7日間。

 

……う~ん。どこで騙(だま)されたのでしょう?

 

この問題について、子供たちは、一般的に、塾で、次のように教わっています。

 

「カレンダーの問題では、最後に1を足しましょう。10ー4+1=7で、正解は7日。」

 

「足す1するのを、忘れないでね!」

「わかりましたか~?」

 

ここで、

 

「そうか、カレンダーの問題では、1足せばいいんだな。」

 

と、即座に納得する子は、「伸び悩む子」

 

ここで暗記が始まりました。

 

でも、おそらく、暗記しているという自覚はありません。

 

なぜならば、書き出してみると、確かに7日ある、ということは、納得できているから。

 

ここで、

 

「なぜ、1足すのか、意味がわからない。カレンダーに”1足しなさい”と、書いてあるわけじゃないし……」

 

と、悩み始める子は、かなり優秀。

 

「伸びしろのある子」です。

 

さらに、自分で、次のような問題を「思考実験」する子は、さらに伸びしろがあります。

 

「6月10日は、6月4日の何日後ですか?」

 

書き出してみましょう。1日後は5日、2日後は6日、3日後は7日、4日後は8日、5日後は9日、6日後は10日。正解は、6日後。

 

おお、今度は、1足さないではないか!カレンダーの問題なのに!

 

つまり、「1足すか、足さないか」の「目印」は、カレンダーではない、ということです。

 

ここで、「足す1をする、しない」の話から「植木算」を連想し、定規の目盛り(数直線)を見つめながら「引き算の意味」も考え始める子は、さらに、伸びしろがあります。

 

そして、「何日間」と「何日後」という言葉の意味の違いも、理解するでしょう。

 

「ほんのちょっとした言葉(条件)の意味の違いが、結果に重大な違いをもたらす」

 

ということを感じ取り、それ以降、問題文の表現に、敏感になるでしょう。

 

「どのような表現が、算数的に重要で、どのような表現はどうでもよいか?」

 

ということに、気づいていきます。

 

伸びる子は、このような

  • 意味を理解する能力
  • 意味がわからなければ、探求していく心

が、違います。

 

逆に、「カレンダーの問題では、1足す」と暗記してしまうと、

 

どのような場合は1を足し、どのような場合は足さないのか?

 

という判断基準が、あいまいになってしまい、

 

「何となく、苦手」

 

という意識が芽生えます。

 

そして、同様のあいまいさが、あちこちで発生します。

 

それでも、低学年のうちは、典型的なカレンダーの問題しか出題されず、乗り切っていけるでしょう。

 

でも、いずれパターンをはずした問題が出題されるようになります。

 

こうして、「伸び悩み」が始まります。

 

 

理解の深さは、段階的です。

 

全くチンプンカンプンの状態から、なんとなくわかる、だいたいわかる、完璧にわかる、まで、様々です。

 

「自分は、本当に理解しているか?」

 

わかっているつもりでも、謙虚に検証しましょう。

 

すると、伸びしろが伸びていきます。

 

 

さて、意味が取れると、問題を解くのが速くなり、記憶の定着もよくなります。

 

なぜならば、意味が取れることで、全体が

 

「論理の束(たば)」

「ひとかたまり」

 

となり、「データの圧縮」のようなことが、起こるからです。

 

ちょうど、パソコンやスマホにデータを取り込む時、「画像」として取り込むか?「テキスト(文字)データ」として、取り込むか?という問題と、似ています。

 

丸暗記というのは、問題文・解説・解答を「画像」としてスキャンするようなもの。

 

大容量になってしまいます。

 

動作は重くなり、記憶容量も、すぐいっぱいになってしまいます。

 

他方、意味を理解し、「ひとかたまり」にすると、「テキストデータ」のように、データの容量が小さくなります。

 

「要するに、何をやっているのか?」

 

ということが、わかっている状態です。

 

結果、処理が速くなり、記憶も良くなります。

 

このことを実感するための、好例があります。

 

たとえば、中学受験・算数では、「平方数」を使う問題が、良く出題されます。

 

16×16=256

 

などは、ぜひ覚えておきたいところです。

 

でも、この式の意味を理解せよ、と言われても、さすがに厳しいですね。

 

せいぜい、

  • 10×10=100より大
  • 20×20=400より小
  • 1の位は6×6=36の6

ぐらいの理屈しか浮かびません。

 

そろばんや、インド式計算法を知っている人は、速く計算できるかもしれません。

 

でも、ここで最も大切なことは、「256が平方数である」という知識です。「256」を見たとき、

 

「あっ、平方数だ!」

 

と、反応できることが重要なのです。

 

これは、計算力の問題ではありません。

 

ですから、「256」を暗記する必要があります。

 

ここは、暗記やむなし!暗記しましょう。

 

でも、

 

「じゅうろくかけるじゅうろくはにひゃくごじゅうろく」

 

とブツブツ唱えて、九九のように暗記するのは、負担です。

 

「イロイロ、ニゴロ」

「色々、煮頃」

 

「ジャガイモも煮頃、ニンジンも煮頃、玉ねぎも煮頃……」

 

これなら覚えやすいですね。

 

算数の基本問題の解法も、理解できていれば、こんな感じで覚えられるはずなのです。

 

手品の種明かしを見せられた時のような、

 

「な~んだ。そうか」

 

みたいな印象の残り方をするはずです。

 

解法を丸暗記するのは、「じゅうろくかける……」とブツブツ唱えながら暗記するようなもの。

 

理解するのは、「色々、煮頃」と、意味を取って覚えるようなもの。

 

コスパが違う!

 

意味を理解することの重要性について、ご理解いただけたかと思います。

 

 

 

ところで、一つ一つの式の意味がわかっても、今一つピンと来ないこともあります。

 

「確かに、論理的なつながりは納得できるけれども、どうすれば、自分でそのような式を思いつくのか、わからない」

 

「だから、肚(はら)の底からわかった気がしない」

 

ということも、あります。

 

丸暗記ではありませんが、まだ、理解が浅い状態です。

 

ふとしたはずみで、出だしの式を忘れてしまうと、思い出しようがない、という「ド忘れ」がおきます。

 

テストで緊張しているときなど、ありがちです。

 

「インプットはうまくいったのに、アウトプットができない」

 

ということですね。

 

(2)多面的に理解すること

 

インプットの段階で、うまく意味を理解できたとしても、記憶をつなぎとめておく「釣り針」のようなものが1つだけだと、1か所が切断されてしまったとき、お手上げとなります。

 

先ほどの「ド忘れ」をはじめ、

 

「思い出すのに、時間がかかる」

「別の問題と勘違いしてしまう」

 

などの悩みも、検索システムが脆弱(ぜいじゃく)であることから、生じます。

 

この悩みを解決するには、「意味のあるかたまり」に対して、別の方向からも光を当て、理解を「多面的」にするのが効果的です。

 

「意味のあるかたまり」に対して、さらに別の意味をつけ加える、といってもよいでしょう。

 

様々な意味が少しずつつけ加わって、それまで薄っぺらだった理解の彫りが、徐々に深くなっていきます。

 

こうして、理解が多面的になることで、検索システムが育っていくのです。

 

ここが、伸びる子と伸び悩む子の、2つ目の分かれ目です。

 

たとえば、次のような話があります。

 

テレビで、テニスの中継を見ていたときのこと。

 

それは、世界ランキング1位のA選手と、2位のB選手の試合、それも、年間世界一を決めるファイナルズ決勝でした。

 

両選手の激しいラリーが続き、「もう決まったか」と思うような強烈なショットをさらに返すという場面の連続で、観客席は、プレー中にもかかわらず、沸きに沸いていました。

 

そして、B選手の打ったボールがわずかに浅く、A選手のチャンスとなったように見えました。

 

ところが、A選手は、このボールをミスしてしまったのです。

 

いつものA選手なら、あり得ないことです。

 

これを、解説者(元デビスカップ日本代表監督)が、こう説明しました。

 

「今のプレーは、観客の歓声に打球音がかき消されて、B選手の打ったボールが当たり損ねだったことに、A選手が気づくのが、一瞬、遅れたんですね。普段は、静かな中でプレーしますから、当たり損ねれば、打球音でわかるんですが、聞こえなかった。ラケットのスイングだけ見ると、もっと深いボールがくるように、見えたのですが……」

 

テニスの達人は、相手のボールが飛んでくる位置を、視覚だけでなく、聴覚によっても、認識しているそうです。

 

それによって、判断が速く、正確になり、プレーも安定しているのですね。

 

 

あるいは、ネットで調べものをするときのことを、考えてみましょう。

 

私たちがネット検索するとき、単独のキーワードだと、イメージ通りのものが、なかなか出てきません。

 

これに対して、複数のキーワードだと、「これだッ」というサイトが見つかります。

 

これは、グーグルなどの検索マシンが、ひとつのサイトを多面的に分析し、評価しているからこそ、なせるわざです。

 

検索マシンの優劣は、検索マシンがサイトを評価するときの視点、発想に大きく左右されますし、ユーザーが検索するときも、キーワードの組み合わせ方の巧拙によって、検索結果に大きな差がつきます。

 

では、算数や数学では、どうでしょうか?

 

先ほど、1本1本の式の論理的な意味は理解していても、出だしの式を忘れると、思い出しようがない、という話をしました。

 

ここで、

 

「なぜ、1本目の式を、そのように立てるのか?」

 

という理由についても心得ていれば、思い出しやすいし、思い出せなければ、もう一度、自分で思いつけばよいのです。

 

これが「算数の発想法」です。レッツ算数教室では、

 

「ゴールからさかのぼって解く」

「等しいものに注目する」

 

など、算数の発想について、ご紹介しています。

 

「問題文が求めているのは、これこれのこと(ゴール)だから、そこから逆算すると、初めの一歩は、こちらに進むのが良い」

 

と、考えるのです。

 

そうすれば、出だしの式を忘れても、こわくありません。

 

自分で、復元できます。

 

しかも、多面的に理解するということは、アウトプットの点で、思い出しやすいというメリットがあるだけではありません。

 

テニスの達人の例に見られるように、インプットそのものが、より速く、正確になっていき、パフォーマンスが安定することを意味しています。

 

専門家が、自分の専門分野について、理解力、記憶力が良いのは、専門分野について、多面的に理解しているからです。

 

そこには、「理解力一般」「記憶力一般」とは異なる、

 

「この分野の理解力」

「この分野の記憶力」

 

があります。

 

算数を多面的に理解することで、

 

「算数の理解力」

「算数の記憶力」

「算数の伸びしろ」

 

を伸ばすことができます。

 

 

ここまで、多面的理解の重要性について、お話してきました。

 

「自分は、算数を決して丸暗記しているわけではない。一定の理解はしているつもりだ。でも、伸び悩んでいるのは、なぜだろう?」

 

という人は、多いと思います。

 

そのときは、新たな視点、発想を取り込んだり、視点、発想相互の関係について、整理し直してみることが、伸びしろを育てることにつながります。

 

(3)ワンタッチ化・全自動化

 

ここまでインプット、アウトプットのポイントについて、お話してきました。

 

でも、まだ課題が残っています。

 

インプットもアウトプットも、スムーズにできなければいけません。

 

人生には「持ち時間」があります。

 

仕事には「期限」や「納期」があります。

 

入学試験には、「試験日」や「制限時間」というものがあります。

 

どのような素晴らしい思考力も、時間内に発揮されなければ、評価してもらえません。

 

「もう少し時間があれば、この問題とこの問題が正解できて、○○点だったのに……」

 

という皮算用は、誰しも経験していることでしょう。

 

そこで、いかに「高速化」するか、という課題が出てくるのです。

 

そして、この「高速化」を支えるのが、「ワンタッチ化・全自動化」です。

 

例えば、ワープロソフトで、言葉を入力するときのことを、考えてみましょう。

 

私の場合、ブラインドタッチは苦手で、入力速度はあまり速くありません。

 

初めてパソコンに触ったころなどは、それこそアルファベット1文字1文字をキーボードのなかから「捜索」「発見」しなければならず、莫大な時間がかかっていたものです。

 

それでも、しばらくすると、「算数」とか、文末の「です」「ます」などは、速く打てるようになりました。

 

何度も入力しているため、これらを入力するときの指の動きが、「ひとかたまり」として、認識されるようになったのです。

 

さらに、「レッツ」とか「教室」といった言葉も「ひとかたまり」化が進み、

 

「レッツ」「算数」「教室」

 

という言葉は、それぞれ、結構速く打てるようになりました。

 

これをくり返すうちに、あるとき事件が起きました。

 

「レッツ算数教室」

 

と打とうとしたら、パソコンのディスプレイに、意味不明の文字が、ズラっと並んだのです。

 

「rettusannsuukyousitu 」

 

何が起きたのかわからず、

 

「えっ、えっ、えっ」

 

と思っている間に、アルファベットのかたまりが「ピャーッ」と右へ伸び、こうなっていたのでした。

 

よく見ると、それは「レッツ算数教室」のローマ字になっていました。

 

入力方法が、「半角英数」になっていたので、アルファベットのまま表示されたのです。

 

自分では、「レッツ算数教室」と入力しよう、という意識しかなく、私が「えっ、えっ、えっ」と驚いている間に、指が勝手に動いたのでした。

 

これが、私の文字入力における「ワンタッチ化・全自動化」の、数少ない、貴重な、貴重な例、です。

 

なぜワンタッチ化、全自動化が進んだかというと、必要に迫られ、結果的に、反復したからです。

 

他に、何の工夫もしていません。

 

「反復」は、上達の有力な方法です。

 

でも、反復には時間がかかるし、複雑な作業になると、単純に反復するだけでは、すぐ限界がくるものもあります。

 

楽器演奏などは、その例でしょう。

 

ピアノや、バイオリン、ギターなどの楽器は、指を速く動かす必要に迫られます。

 

たとえば、曲のある部分が、A、B、C3つの連続する「かたまり」から成り立っていて、いずれも指を速く動かさなければならない、とします。

 

このうち、AとCについては、何とか動く。

 

ところが、Bについては、動かない。

 

ややこしくて、頭が混乱し、いつもBで指が止まってしまう。

 

そこで、Bだけ取り出して、練習方法を工夫し、徹底的に練習すると、Bも指が速く動くようになる。

 

「これならいける」

 

と意気込んで、ABCを通して演奏してみると、何と、またBで指が止まってしまう!

 

この現象が起きる理由について、ニューヨークにあるジュリアード音楽院の名教授、イアン・ガラミアンが、興味深い見解を述べています。

 

「Bだけ取り出して練習しているときと、ABCを連続して演奏しているときとでは、肉体的にも、精神的にも、条件が異なるから」

 

つまり、手ごわいかたまり同士をくっつけるには、「かたまり別」の練習に加え、「くっつけるため」の練習が必要ということなのです。

 

「AからBへの入り方」「BからCへの抜け出し方」の技術を、別に新たにマスターする必要があるのです。

 

Bの内部で、自己完結していては、いけません。

 

Aの演奏が終盤にさしかかったら、Bへの移行を準備します。

 

具体的には、指や手首の角度を、Bに入りやすいように、調整します。

 

一方、Bの方でも、Aから受け継ぐ準備として、若干の調整をしておきます。

 

Aの最後の角度と、Bの最初の角度を、「共通」にすることで、スムーズに接続できます。

 

でも、BよりAの方が余裕があるならば、調整の負担は、Aがより多く負うのが自然です。

 

接続後、もともとのAの形や、Bの形が修正されますが、修正の度合いは、Aの方が、大きくなります。

 

BからCへの移行でも、同じことがいえます。

 

 

このように、もともとバラバラだった動作を、一つにまとめるためには、「木に竹を接(つ)ぐ」ように、単純につなぎ合わせるのではなく、

 

「つなぎ目の形を共通にする」

 

という、若干の調整が必要なのです。

 

リレーで、「バトンタッチ」するようなもの。

 

フランス語の「リエゾン」のようなもの。

 

そのようなイメージです。

 

これがうまくできたとき、一連の動作は「なめらかな一つの動作」のように感じられ、ワンタッチで、あとは自動運転モードになります。

 

しかも、意識の上では、一つのことをしているに過ぎないので、高速で処理できます。

 

 

算数や数学の応用問題についても、力量に応じて、ワンタッチ化、全自動化できることがあります。

 

もちろん、算数や数学の問題を解くことは、頭の中の作業であって、動作をともなう「文字入力」や「楽器の演奏」とは異なりますから、完全に同様(パラレル)な議論はできません。

 

でも、算数や数学も、

 

「共通点に注目して、全体を大きくまとめていく」

 

という点において、似ている部分があります。

 

算数や数学の応用問題が、基本問題とどう違うかというと、多々ある違いの1つが、「長さ」です。

 

基本問題1は、Aという部品から成り立っている。

基本問題2は、Bという部品から成り立っている。

基本問題3は、Cという部品から成り立っている。

 

応用問題は、ABCという部品から成り立っている。

 

基本問題の長さが「1」なら、応用問題の長さは「3」、といったイメージです。

 

応用問題も、部分部分を取り出してみれば、大したことのない基本問題に分解できますが、3つがひとかたまりに溶け合っているので、ややこしいのです。

 

このような応用問題に対処するには、一つ一つの基本問題を解けるようにしておくことが、もちろん大切です。

 

でも、それぞれの基本問題の中で、自己完結していては、まだ理解が浅い。

 

さらに、AとB、BとCが、どのように関連し合っているかを理解する必要があります。

 

これは、出題者側の、問題作成の技術とも、関係します。

 

出題者が、ABCをひとまとめにして、問題を作ったのは、なぜか?

 

それは、AとB、BとCに共通の部分があり、相性がよいからです。

 

そこを理解していれば、応用問題の解き方も、見えてきます。

 

ちょうど、ジグソーパズルをやるようなものです。

 

大きな台紙(応用問題全体)を用意し

  • この部分には、Aを貼り付ける
  • この部分には、Bを貼り付ける
  • この部分には、Cを張り付ける

と、考えを進めていって、全体の論理構造を把握します。

 

AとB、BとCの接続部分は、でっぱりと、へっこみの違いはあっても、形が共通なので、ピタッとはまるわけです。

 

こうして、全体の枠組み(論理構造)が、1枚の絵のように見えれば、ほぼ解けたようなもの。

 

あとは、計算するだけです。

 

実際の計算をA、B、Cのどこから始めるかは、問題文の状況によります。

 

計算できるところから、計算します。

 

一か所が計算できれば、その結果を受けて、今まで計算できなかった部分が、計算できるようになっています。

 

計算できる部分を、問題文の条件から見つけ出す程度の時間はかかるでしょうが、大したことはありません。

 

全体を把握できているから、感覚的には、ワンタッチ、自動運転モードに入っています。

 

 

 

応用問題と基本問題の違いは、他にもあります。

 

「基本問題Aと同じ論理構造をしていながら、見た目が全く異なるために、難しい」

 

というタイプの応用問題です。

 

たとえば、中学受験・算数の「速さ」の問題は、「つるかめ算」と、よく組み合わされます。

 

この場合、「速さ」の問題が応用問題、「つるかめ算」が基本問題Aです。

 

問題文を一目見れば、

 

「ああ、速さの問題だ」

 

ということはわかりますが、まさか、この問題が「つるかめ算」と同じ論理構造をしているとは、夢にも思いません。

 

このとき、「速さ」と「つるかめ算」の接続、重ね合わせが、うまくいっていないのですが、なぜでしょうか?

 

それは、本来、共通部分を持つはずの、両者の形の認識(パターン認識)が、ずれているからです。

 

自分は普段、「つるかめ算」の問題を、なぜ「つるかめ算」の問題であると、認識、判断するのか?

 

ここをチェックし直す必要があります。

 

すると、

 

認識、判断の「目印」が適切でない

 

と判明することが、往々にしてあります。

 

「今、つるかめ算の勉強をしているのだ」

 

ということ自体が、薄々「目印」になってしまっているかもしれないのです。

 

そのことによって、「つるかめ算」と「差集め算」の区別があいまいなまま、わかったつもりになっているかもしれないのです。

 

「問題文の状況が○○のときは、つるかめ算」

 

ということを、正確に理解し直すことで、すなわち、つるかめ算のイメージを修正することで、「速さ」と「つるかめ算」の形がどのように重なっているかに気づく。

 

そこで、ようやく、この応用問題を解く実力がついたと言えるのです。

 

伸び悩んでいても、再び伸びしろを取り戻したと言えるのです。

 

これは、単純に、つるかめ算の基本問題をくり返し解き直す、ということでは、達成できないかもしれません。

 

同じ勉強をくり返せば、誤解が強化されるだけかもしれないからです。

 

そうではなく、新たな刺激、新たな視点、新たな発想のもとに、先入観を捨てて、つるかめ算を勉強し直す必要があります。

 

 

 

ここまで、「共通部分」を利用して、つなげたり、重ね合わせたりしてきました。

 

このようなことが、できるのは、形が共通であると、見抜けるからです。

 

でも、算数や数学の問題は、抽象的です。

 

ジグソーパズルのように、実際に物体を手に取り、組み合わせてみて、

 

「うまく、はまった」

「あれっ、ずれてる」

 

と、確認することは、できません。

 

そこで、形が共通かどうかを見抜くには、それなりの技量が求められます。

 

この技量を身につけるのに、(1)(2)でお話した

  • 意味を理解する
  • 多面的に理解する

という練習が必要なのです。

 

たとえば、次の例。お笑いで、

 

「一人前の職人の仕事ぶりとかけて、かまぼこと解く。その心は?」

 

「どちらも、板についている」

 

というのがあります。

 

仕事ぶりと、かまぼこ。

 

一見、共通点はなさそうです。ほとんど、別物です。

 

でも、「板につく」という、共通の表現が見つかれば、重ね合わせることができます。

 

もちろん、「板につく」という慣用表現の知識が必要です。

 

「板わさ」という言葉を知っていれば、さらに話がはやいです。

 

仕事ぶりと、かまぼこ、それぞれの性質について、豊富な知識や発想を駆使する。

 

そして、共通とみなせるような「切り口」を見つけ出す。

 

そのためには、日頃から、意味を理解し、多面的に理解する練習をしましょう

 

 

 

さて、このように、問題を解くたびに、共通部分をくっつけたり、重ね合わせたりしているうちに、

 

「あっちもくっつき、こっちも重なる」

 

という現象が、徐々に起き始めます。

 

気がつくと、算数全体がひとかたまりになって、手のひらの上に乗るようになるでしょう。

 

すると、

 

「この問題のこの部分は、あの問題のあの部分と共通の形をしているから、アイデアを転用しよう」

 

ということが、瞬時に、自由自在にできるようになってきます。

 

感覚的には、ワンタッチ・全自動です。

 

勉強すればするほど、全体がコンパクトにまとまっていくのですから、「伸びきったゴム」になる心配は、全くありません。

 

逆です。

 

勉強すればするほど、新しいことを吸収するスペースが広がっていき、頭が冴えていきます。

  

これが、「伸びしろの伸ばし方」です。

 

もし、くっつけたり、重ね合わせたりする要領がわからないときは、わかっている人に教われば、上達がはやくなります。

  

 

ワンタッチ化・全自動化。

 

伸びしろのある人は、ここが発達しています。

 

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